オリンピックは直ちに中止し、選手村を患者に明け渡すべきではないでしょうか?バッハさん。

日々思うこと

昨年から広がっている新型コロナウィルス。その戦いもウィルスの変異に翻弄されています。

デルタ株が猛威を振るう中で始まった東京2020。一説にはこの平和の祭典を開催することで多額の収益をあげるとともにノーベル平和賞をもらおうとするIOCのバッハ会長。

パンデミックを防ぐべき立場のWHOテドロス事務局長はオリンピック開催を踏みとどまるようバッハさんに働きかけるものと思っていたのですが、開会式に間に合うよう来日し開催を支援。

自分のためには人の命なんてどうでもいいというメッセージを伝えているようにしか思えません。
それではノーベル平和賞は無理ですよね?

私は1955年生まれで孫からはじいやと呼ばれています。お恥ずかしことですが、定年退職をしてからそのお金の勉強をして2級ファイナンシャルプランニング技能士の資格を取りました。また、なんとなく人生を考えるようになりました。そんな私がサラリーマン時代に考えておくべきだったと反省したことをあなたにお伝えしていきたいと思います。これから定年退職を迎える方や、定年後の生活に不安を感じておられる方の参考になれば嬉しいです。
妻と結婚相談所マナマナを運営したり、個性診断のコーチもやってます。興味があれば覗いてみてくださいね!

最近では私が現役のサラリーマンとして働いてきた規模の経済を中心とする社会は終わりをつげ、こころを大切にする質の高い社会を目ざす動きが中心となってきていると感じています。

しかし、いまだ世界を動かすポジションにいる人たちが従前とした価値観、つまり権力を掌握しその証としてお金を集めるという古臭い価値観にとらわれて人の命を軽視する言動が目立ってきています。

特にバッハさんはオリンピックの開催に命をかけておられますが、日本国民の命を救う方がノーベル平和賞に近づくのではないでしょうか?

開催中の東京2020は中止すべき

じいやです

オリンピックの開会に合わせて緊急事態宣言を解除した日本の政府。

解除する時期にも感染者数は増えているにも関わらず、緊急事態宣言を解除した理由はなんなのでしょう?

誰もが緊急事態宣言が効力を持っていないことを感じていて、発出されていても感染者数が増えている状況から対策を強化すべきと誰もが感じていた時にとられた真逆の政策に唖然としたものです。

結果、オリンピックは始まり、それとともにデルタ株が広がり日本の感染者数も1万人を超す状況に変化してきました。

最後の緊急事態宣言で早く感染状況が収まれば解除も早めるといっていた菅総理大臣の口からは、緊急事態宣言の延長と追加が発表されました。

そんなときに東京の保健局は感染者数は増えているが重症者は増えておらず、病床も足りているから不安をあおるなとメディアをけん制していたのはつい2週間前くらいではなかったでしょうか?

感染者数の急上昇とともに当然のように起こってきた医療のひっ迫。
いや、ひっ迫しているのかどうかもよくわかりません。
どの数字がどうなればひっ迫しているのか?

何の説明もなく、ただ緊急事態宣言が延長され、追加された府県もありました。

常に先手をうつと宣言し、人流は減ってきているのでオリンピックの中止はしないとこちらには確かに先手を打っていますね。
中止しない基準があるのなら中止する基準もあるはず。
それは人流が増えていると判断したのなr中止するという意味だと思うのですが、その基準やいかに?

国民の命を守れないと宣言した菅首相への提案

写真AC

人流は減っているのでオリンピックを中止する理由がない状態であるのにもかかわらず、新型コロナウィルスで感染した人の中で病院に入院できるのは重症者か重症化のリスクが高い人のみ。

中等症以下の方は原則自宅療養とはこれまた意味のわからない判断をしたものです。
政府が発表するのは東京を見たもののようなもの。
ということはつまり、菅総理大臣は東京都知事だということなんでしょうか?

総理大臣はいったいどこを見て政治をしているのでしょう?少なくとも国民の命を見放したことは事実です。

おそらく首相に政策を提言する周囲の人たちも自分の保身しか考えていないのでしょうね。

とはいえ、そこは首相の意を汲んで提言を行うはずなので首相の頭の中には国民の命を助けるという選択肢はないように思います。

命にかかわるような治療を患者本人が自宅でできるはずだなんてどうすればそのような発想が生まれるのでしょう?もはや理解不能です。

ひょっとすると、これまでは本当は入院しなくてもいい人たちも医者の給料を確保するために無駄に入院させていたのだということのようにも聞こえます。

菅総理大臣はオリンピックの開催・中止を判断する立場にはないことの説明よりも、今の日本がどのような状態なのか正しく説明して欲しいと思うのは私だけでしょうか?

自宅療養推奨は政府の無策を認めたから?

じいやです

先手を打つと言ってきた対象が新型コロナウィルス対策だと勝手に信じていた国民にも問題があるのかも知れませんが、ここまで国民の命より大切なものがあるとの意思表示されるともはや税金を払う意味さえ感じなくなってきます。

本来の姿に戻すだけのことだとしても、今回の中等症までの方は自宅療養にするという発表はいかにも政府としてはコロナ対策なんて優先順位は高くないので策はなにも考えていませんということを公にしただけのことなのでしょう。

だって、あれだけ頭のいい人々が中央では働いておられるのにアイデアが出ないわけはありませんものね。

知識も知恵もない、私が考えることなんて取るの足りないことかも知れませんが、ひとつだけ提案させていただきたいと思います。

オリンピックの選手村をコロナ療養施設にする

写真AC

それはオリンピックの選手村をコロナの治療施設にするという提案です。

あそこなら相当数の人数を収容することができるでしょうし、生活基盤も整っているはず。

これ以上の施設はないのではないでしょうか?

いま、国民の命を見放すのではなく、どうやって守るかを考えるべきなのではないかと思うのです。

国境を越えたスポーツの祭典であるオリンピックは平和の祭典とも呼ばれています。
そのオリンピックを中止して日本のコロナ患者を救う決断をする時が来たのです。

東京2020を中止し国民の命を守る行動を加速すべし

写真AC

いまこそ勇気をもって政治決断をすべきです。

東京2020を開催中ではあるが中止するということを。

その理由は新型コロナウィルスの感染者が増えて、国民の命を守るためにオリンピックの選手村を活用する。
したがってオリンピック選手は一刻も早く自国に戻ってほしいということを実行に移すべきでしょう。

この提案がIOCのバッハ会長からなされるのが一番いいと思います。

その決断をバッハ会長がされたのならお望みのノーベル平和賞受賞も近づくかも知れませんし、これからもオリンピックを続けることが可能になるのではないかと思います。

開催国の国民の命を見捨てるオリンピックがこれからも平和の祭典として認められることはないでしょうから。

じいやです

私は命より大切なオリンピックなんて必要ないと思いますし、価値はない、むしろ有害だとさえ思えてきます。
(選手の皆様にはなんの罪もないのでそこは誤解のないようにお願いします)

結論を言えば、新型コロナウィルスによるパンデミック下でのオリンピックは開催すべきではなかったのです。なぜIOCやWHOという国際機関がこのような「当たりまえ」の判断ができなかったのでしょうか?

おそらく私の「当たりまえ」ではわからない「当たりまえ」が世の中の、それも社会をリードしていく政治の世界にはあるのだということなのでしょう。

それは他人はどうなってもいい、自分さえよければという考え方が人としては正しい考え方なのだということなのかも知れません。

いずれにしても国民の命よりも自分のことを大切にするというのは今に始まったことではなく、これまでも同じだったのでしょうね。

たまたまそれが露呈するきっかけがこの新型コロナウィルスだったということ。それが中国の意図的なものだったのかどうかなんてどうでもいいことなのです。

これからは本当に国民の命を大切にする人にリーダーになってほしいと願う私は、今すぐに東京2020を中止して選手村をコロナ療養施設にしてほしいと願うものです。

じいや

じいや

私はこのサイトを管理している坂田芳弘と申します。1955年1月生まれ。孫からは”じいや”と呼ばれています。

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