定年後にペットから死を学ぶ|安楽死を考える

チョコの命が長くはないとわかった時、
誰もがそうだと思いますが
安らかに、眠るように逝って欲しいと思いました。

チョコはいい子だったので
必ずそうなると思っていました。

でも、そうはなりませんでした。
2日間に亘って
下痢と嘔吐を繰り返しながら逝きました。

さぞかし苦しかったことでしょう。

欧米では安楽死させることが多いようです。
でも、どうでしょう?

此の世を去る時に
その辛さを残った人に伝えることを
考えるとどちらがいいのでしょう?

おそらく、安楽死では自分が伝えたいことが
伝わらないのではないでしょうか?

うまく言えませんし、
真実はどうかもわかりません。

チョコは最期に凄い形相で
私に何かを伝えようとしていました。
そのことが頭にこびりついています。

お別れのあり方には様々な形があるのでしょう。
でも、安楽死というのは
ある意味、死ぬ権利を省みないものと
なってしまう可能性もあるのかも知れません。

もっとチョコを楽に逝かせてあげられなかったのか
反省する中で、安楽死という言葉が
頭をよぎりましたが、
今はそうでなくてよかったと思います。

私はチョコの最期の形相を忘れることはないと
思います。

いや、忘れてはいけないのです。
チョコの死を私たちの人生に
活かすためにも。

コメント