ちょっとおかしいぞ、日本!定年退職後にわかった意思決定のあいまいさが問題!

日々思うこと

私は1955年生まれで孫からはじいやと呼ばれています。お恥ずかしことですが、定年退職をしてからそのお金の勉強をして2級ファイナンシャルプランニング技能士の資格を取りました。また、なんとなく人生を考えるようになりました。そんな私がサラリーマン時代に考えておくべきだったと反省したことをあなたにお伝えしていきたいと思います。これから定年退職を迎える方や、定年後の生活に不安を感じておられる方の参考になれば嬉しいです。
妻と結婚相談所マナマナを運営したり、個性診断のコーチもやってます。興味があれば覗いてみてくださいね!

私がサラリーマン時代に感じていた、縦割り社会の理不尽さ。
それでも組織の向かう方向に合わせてお仕事を進めてきましたが、ここにきて日本社会の意思決定のあいまいさが見えてきました。
まだ私たちの時代はそれでもそれなりに退職金ももらえ、年金も65歳からではありますが支給されています。
現在現役のあなたが定年退職するときにどうなっているかなんの保証もないですから不安ですよね。
昨年からの新型コロナウィルスに対する日本政府の対応を見ていると今後の社会により不安が高まってきた方も少なくないのでしょう。
今後、一部の人に権力が集中する社会が終焉を迎えることをひしひしと感じています。
そんな時代をどう生きていくのかを考えてみたいと思います。

責任を取る人がいない社会の限界

会社組織に属しているときに感じた不合理の一つです。
会社の業績が悪くてもそれにたいして責任を取った経営者の姿を私は見たことがありません。
経営不振で多くの従業員をリストラしても、ステークホルダーから評価されることはあってもその責任を取った経営者はいませんでした。

それでも、それに耐えてさえいれば老後の生活は安定することを信じていた方も多かったはず。
しかし、ここにきてその保証がなくなってきたのですからおかしいと思ったことに対してはおかしい!と発信する風潮ができあがってきたのは望ましい光景だと感じています。

あぶりだされる悪事

森友問題に関しても当時の安倍総理をかばって部下を自殺に追いやったと思われる官僚は出世し、民間人のみが処罰されるという奇妙な構図が浮き彫りになりました。
国民みんなが当時の総理大臣、そしてその妻の関りを疑うにたる状況があります。
しかし、検察も裁判所もそれを断罪できない。
それだけの権力を総理大臣は握っているということの証でしょう。

日本の政府がそのような構図なので、それを映し出すように一般企業もそのような体質を持っています。
いくら運営を間違ってもそれに対して責任を取ることは誰も問えない、つまり自分を評価する上司に歯向かってはいけないという悪しき慣習がはびこっているのでしょう。

縦割り社会の終焉

昨年来議論されてきたはずのTOKYO2020 オリンピック。
開催するかしないかの議論もないままに、開催することが当たりまえのように、観客は5000人ではなく1万人を上限にすべきとかいうニュースが報道されています。

オリンピックを開催するっていつ、どこで決まったの?
菅総理は自分が決めることではないと言っているので国に決める権限はなく、東京都に決める権限があるとのこと。
ことオリンピックという国際的なイベントを開催するかどうかは国家にその権限はなく一都市にあるというのもおかしな話だなぁと思います。結局、だれも責任をとらない、だれにも責任はなく、オリンピック開催に向けたコロナ対策として飲食業者にその負担を押し付けることになるのは明白です。
なんかすっきりしませんよねぇ。

日本にはIOCに対して逆らえるような力はないのだとはっきりと認めてしまえば大臣の皆さんもすっきりすることでしょう。
にもかかわらず、力があるように見せることに注力しなければならないのは見ていてかわいそうにも見えます。
新型コロナ対策を国会で議論する余裕もないまま、選挙態勢に入るべく早々と国会を閉じた日本のリーダーたちはいったいどこへ向かっているのでしょうか?
すでに国民の気持ちが離れて言っているということに気が付くこともなく。

誰も責任を持たない社会は先進国なのか?

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以前に聞いた話しですが、日本は先進国であった時期があるのか?というお話です。
結論はこれまで日本は先進国であったことはないということ。
後進国であるのなら現在の新型コロナウィルスワクチンの接種状況にも説明がつくというものです。
もう先進国のようにふるまうのではなく、後進国であることを認め、分相応の歩み方をしなければならにのではないかと思います。
その方が心地よく歩めると思うのですが、いかがでしょう?

自分らしく生きる

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孫を持つ身で考えると、次にくる孫の時代は明るく透明性のある社会で会ってほしいと願っています。
一部の人に権力やお金が集中するのではなく、みんながお互いの得手不得手なところを知り、お互いに助け合う社会になっていて欲しいと思います。
そのためには日本を引っ張っていくリーダーには、反省すべきは反省し、果たすべき責任を果たす人たちになってほしいと思うのは叶うことのない理想なのでしょうか?

まずは定年退職を迎えた私たちが権力者の顔色をうかがうのではなく、自分らしい人生を歩んでいくこと、そしてそのさまを発信していくことから次の時代への変化を促せるのではないかと感じている今日この頃である。

こんな私の感覚ががあなたの定年後の生きざまを考えるお役に立てたらうれしいです。

何か疑問な点やご質問があればお気軽にお問い合わせください!

じいや

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私はこのサイトを管理している坂田芳弘と申します。1955年1月生まれ。孫からは”じいや”と呼ばれています。

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