介護が必要になった母

介護が必要になるときがある

私の母は91歳でグループホームでお世話になっています。

もう3年になるでしょうか?

一人暮らしをしていましたが、認知症が進んで

あるときは近所の方にお金を借りて、そのことを忘れたり、

またあるときは夜中に近所の家の玄関の戸をたたいたり、

何かとご迷惑をかけるようになってきました。

いやがる母を姉と家内が心療内科へ連れていき、

「認知症」の診断を受けて、いわゆる「サ高住」と

呼ばれる、「介護サービス付き高齢者住宅」へ

入りました。

この「介護サービス付き高齢者住宅」というのは

あくまで「住宅」なのです。

部屋に入ればそこはれっきとした住居なのです。

ですからそれほど介護が重視されているわけでは

ありません。

そうそう、今でも覚えていますが、

もう十年くらい前になりますでしょうか・・

母が自転車で走っているときに

自動車と接触して外科に入院しました。

このような入院がきっかけで

認知が進む方が多いようです。

その時は骨折で、大腿骨を人工骨に変える

手術をしました。

「もう自転車に乗ったらあかんよ!」

とお医者様に言われながら、

退院するとさっさと乗ってました。

それから一年くらいして、

今度は自転車でころんでしまいました。

すると、以前の骨折の部位をまた骨折

しました。

正確に言うと人口骨がめり込んでしまった

というような事態が起こりました。

そして、入院。

また認知症が進む・・・

そんな展開でした。

一年たつと・・

不思議と母に「事」が起こるのは

ゴールデンウィーク最終日の夕方です。

一年たったゴールデンウィークの最終日、

風呂から上がってくつろいでいると

また電話が・・

今度はベッドから落ちて

動けなくなったと・・

救急車で病院へ。

この頃になると病院の人とは

もう顔なじみになっていました。

進む認知症

最初の入院の時は

写経するから半紙を買ってこいだとか、

計算のドリルをするから買ってこい

だとかいろいろと病院でもやってましたが

三度目となると、ただボーっとしているだけでした。

さらに認知が進んでいる状況を見て、

ケアマネージャーさんとこのまま

家に戻ったところで

一人で生活はできないだろうと話して

さきほどの「サ高住」へ

病院から直行することを企てました。

母は自分の家、

つまり私の実家である、

特に「家」に対する執着が強かったのです。

それまでは何が何でも家へ帰ると

言ってきかなかったのですが、

今回は病院から施設へ直行することに

しました。

精神病院へ

それから一年ほどすると

「サ高住」での生活もなれてきたのか

職員の方とのいざこざが始まりました。

その前には入居者の方ともいろいろあったようですが・・

忘れもしない、一年を過ぎて

年が明けたころ、

施設から電話がありました。

母が暴れていると・・

事務所へ行って、固定電話を投げつけるわ、

手が付けられない状態との連絡が入りました。

そのあと、施設の方やケアマネさんと話をして

いわゆる「精神病院」へ二ヶ月ほど入院してから

前の「サ高住」ではなく、

グループホームでお世話になることに

しました。

当時の状況ではこちらから選べるものではなく

ケアマネさんの指示で

そこに入るしかなかったのです。

このグループホームでお世話になってから

今で三年が経過しました。

感 謝!

今では穏やかに生活しているようです。

おかげさまで今年91回目の誕生日を

迎えることができました。

自分の歳もおそらくわかっていないでしょう。

施設の方からお祝いをしてもらったことも

忘れているのでしょう。

母の日も覚えていなかったでしょう。

でも、いいのです。

母が穏やかに生活できているのであれば。

今服用している薬を処方してくださった

病院の先生と施設の方々のおかげで

母は穏やかな余生を暮らしています。

ありがたいことです。

こんな風に

母がお世話になった方々の努力が

報われる日本であってくれたなら

嬉しいと思います。

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